プロフィール

高藤 ひろみ(たかふじ ひろみ)

株式会社 プロスポート代表
占いスクール「edge」主宰

開運鑑定士/コンサルタント

1980年宮崎県生まれ

幼稚園教諭の傍ら、占いを始め、
20年の占い師、
7年のカウンセラー歴に加えて、

開運占い、占い師養成スクール、
占い起業コンサルティングを行う。

 

想い

こんにちは。
開運鑑定士の高藤ひろみです。

全国のお客様からお問い合わせいただき、
宮崎と東京を行き来しながら
これまで5,000人以上の方々を
鑑定させていただいてきました。

私は、子どもの頃から祖母に連れられ、
神社やお寺へと良く行く子どもでした。

霊などが見えるというより、
感じてはいたので、
良くない場所に行くと、悪い気を感じ、
気持ち悪くて逃げ出していました。

実は、今もそうです。
気の悪い場所は、すぐに感じるので、
出来るだけ運気が下がらないように
常に意識をしています。

ただ、神社は違います!
落ち着き、心があらわれる場所。

私がなぜ神社をお伝えするようになったのか、
少し私の話を聞いてくださいね。

人生を変えた18歳の5月

 

私は、大っ嫌いな受験勉強から解放され、
4月に短期大学へ入学しました。
父も母も喜んでくれて、
ワクワクした気持ちで通っていました。
その矢先、忘れもしない5月です。
「お姉ちゃん、お父さんが死んだ」
震えの止まらない妹の声が今でも耳から離れません。
ちょうど、通学のバスが学校に着いた時でした。
「はっ!?何言ってるの?」
そんな事を言われ頭が真っ白になりましたが、
とにかくそのバスで自宅へと引き返しました。
家に帰ると、まだ父はいませんでしたが、
もうすぐ帰ってくると・・・
何がなんだか分からない状況の中、
母の落胆した表情と周囲の様子から
父が死んだことには間違いはない、と。
そう察するしかありませんでした。
そうして、帰ってきた父の棺。
冷たい父がいました。
今でもあの冷たさは忘れません。
大好きだった父。
厳しくも何でも挑戦させてくれた父。
口数が少なかったけれど、
いつも家族第一だった父。
その父が急にこの世を去ったことの
絶望感と悲しみで、
私の心は一気に壊れてしまいました。
この出来事は私の人生の価値観を
一気に変え、その出来事が余計に
”長女だからしっかりしないといけない!”
という責任感を負うきっかけと
なったのだと思います。

父の死は死神だった・・・

 

私は、今でも忘れません。
父は、事故でなくなる数時間前、
背中に真っ黒な影で覆われていました。

あれは、紛れもなく死神だったと
思います。

そして、その死神は一度ついたら離れない、
ということも後で知りました。

父が亡くなる数日前に、
深夜に通ってはいけない良く霊が出る、
という道を車で通ったのです。

父が運転をして、助手席には母。

私たち子どもは後で寝ていたので、
ほとんど覚えていませんでしたが、
そこで、父と母は恐怖の体験をしたのです。

運転する車の前に、
バタリと白い女性が倒れてきたと
いうのです。

その時に、
父はその女性と目が合いました。

母は、ただ、その女性が倒れたのは
見たそうです。

車で大回りをして、
バックミラーで確認をすると
誰もいなかったと言います。

しかし、父は、その女性と
目があったのは確かだと・・・

その数日後、
海に家族で遊びに行った後に、
いつの間にか車の窓ガラスが
割られていて、誰がそうしたのかも
分からないまま、家へと帰ったのです。

普段であれば、
父や母はそのような不吉な事が続けば
お祓いを受けるのですが、
今回は、父が受けたがらなかったそうなのです。

その数日後の父の事故死でした。

20歳の春

 

それからというもの、
私は父の死という悲しさから
途方に暮れていました。

そのような時に、私が占い師となる
きっかけとなった占い師さんに出会いました。

父が死んだことやこれからの事、
色々と相談に乗っていただきました。

ただ、それからというもの、
何かある度に、その占い師さんを
頼るようになったのです。

ただ、これからの長い人生、
誰かに頼るばかりではいけない、
そう思い、

またその占い師さんからも
「勉強すれば大丈夫」
そう言われたことをキッカケに、

自分自身で占いを独学で
学び始めたのです。

そして、家族や周りの人を占うことに
喜びを感じ、やり甲斐を
見出し始めました。

初めての結婚

 

ただ、20代は仕事をバリバリしていた訳ではなく、
20代は主に幼稚園教諭の傍ら、
占いをし、また
24歳で最初の結婚をします。

そして、25歳で長女を出産しました。

この頃から、元主人のうつ病、
そしてパニック障害が始まり、
不安の日々が始まりました。

そのような状況で、
一人目を出産して、私はすぐに
幼稚園に職場復帰をします。
その後、27歳の時に2人目を出産。
2人目を出産する7日前まで、
仕事をしていました。
この時に、この状況でも
働かないといけない自分と
正規社員でない、いわば保障もない
状況での働き方に愕然としながらも、
とにかく出産ギリギリまで
働いていたのです。

子どもが産まれても変わらない・・・

 

2人目が生まれても、元主人のうつ病は進行し、
私自身がうつ病を理解していなかった
知識のなさも重なり、
元主人が心療内科に行っても、
薬を飲まない彼を責め、
夫婦の関係は悪化していきます。
子育てと、仕事と、
元主人の職場までの往復の送迎
(片道40分程)。
忙しい毎日と変わらない状況に疲弊し、
最終的には離婚を決意しました。
ただ、元主人は、
一人になれば
「きっと死を選ぶ。」
そう、直感的に感じ、そして、
まだ元主人の方の両親も健在で、
子どもたちも、
金銭面的には不自由なく、
生活が出来ると思ったため、
子どもは元主人に預ける形で、
29歳で離婚をしました。
その離婚が、やはり、
一番自分が独立する事を決めた
キッカケです。

子どもに恥じない人間でいるために

 

離婚をした当初は、
苦しくて悲しくて、
とにかく一人になっては
泣いてばかりいました。
・何で生きているんだろう
・このまま生きて価値がある?
そんな苦しい思いを抱えながら、
私は生きる希望を失っていました。
ただ、時間が経つにつれて
人との出会いを通じて
「このままではいけない・・・」
その想いは覚悟へと
変わっていきました。
子どもたちに恥のない生き方をしたい、
そして、背中を見せたい、
そう決めたのです。
離婚をしてからは、
生命保険の営業を始めたのですが、
営業をする中で、私は
生意気にも違和感を覚えたのです。
お客様の前で、
他社の商品にダメ出しをして、
自社の商品を売ろうとする、
そのような上司のやり方に疑問を感じ、
半年で退社をします。
(正義感だけは人一倍笑)

 

自転車操業の始まり

 

そうして、生命保険会社を退社。
生命保険をしているときに
誘われていた、MLM。
ネットワークビジネスを始めました。
“人生を成功させたい!!”
その一心で死ぬ気で3年間
頑張りました!
約3年間で、100名のメンバーを作ります。
毎日、車で九州を走りながら、
車の中で寝泊りをしたり、
365日仕事をしていました。
宮崎、鹿児島、長崎などの
九州でのリーダーとなり、
その時のメンバーと成功を夢見て、
アメリカのソルトレイクにいきました。
そこで、その時のリーダーの勧めで、
東京での営業・セールスセミナーに参加をします。
また、この時のセミナー代、
飛行機代などを工面しながら、
約半年間、宮崎―東京を行き来していました。
ただ、ネットワークビジネスを含め、
ビジネスを知らない人間がやっても、
成功するはずがないんですね。
ただただ、借金が
増えていく一方です。
費用対効果が見込めず、
約3年死に物狂いで頑張った、
ネットワークビジネスを
辞めたのです。
またまた人生の挫折でした・・・

30歳から全国の神社を廻り始める

 

当時、30歳。

占いは続けながら、

・何のために生きているのか
・何を本当はやりたいのか

本当の自分を見つめ直すために、
全国の神社を廻り始めます。衝撃的だったのは、奈良県・桜井市にある三輪山でした。そこは、お山自体が御神体ということで、とても有名な場所でもありました。


【初心忘るべからず】

そして、
【諦めないということ】
そのことを教えてくださいました。
どの経営者の方も人生紆余曲折があり、
経営という苦労を身をもって
経験しているからこそ、
私の話も聞いていただけましたし、
応援もしてくださいました。

人生そう甘くはない

 

ただ、ここで失敗が起きます!
私自身、成功するという意味を
はき違えていました。
いつしかお金を稼ぐことだけしか
楽しみを見つけられなくなっていたのです。
お金があるから偉い人間!
お金があればなんでもOK!!
そんな私自身が一番大嫌いな人間に、
自分自身がなっていたのですね。
もちろん、友人や仲間は
離れていきました。
それから私自身が改めて
何のために生きているのか、
何の使命を持って生きてきたのか・・・
そこで改めて、
一から占い師兼カウンセラーとして
お客様と向き合う事を心に誓いました。

ひとりでは生きていけない

 

お客様と向き合い、
たくさんのお悩みを
お聞きしてきました。
・夫婦の悩み
・家族の悩み
・人生の悩み

様々なお悩みをお受けしてきました。

また、私自身起業していることもあり、
最近では、起業やビジネスに関するお悩みから
事業運、金運に関するご相談も
お受けしております。

私のミッション

 

18歳の父の死、そして29歳の離婚。
私は、人生のドン底に落ち、
生きている意味さえ失っていました。
ですが、
【自分を信じて前に進めば必ず道は拓く】
どんなに苦しくても
どんなに辛くても
どんなに自信がなくなっても
自分だけは自分自身を信じて、
前に進めば必ず道は拓かれると
私自身の経験を通して
身をもって感じています。
【あきらめないでください!】
私は、一人でも多くの方が心から笑い、心から幸せとなり、
最幸の人生を生きる、そのようなサポートしたい。
そして、世の中の全ての人が
イキイキと生きていける社会となり、
その親の姿を見ている子供たちも、
将来に希望を持って、
生きていける世の中を目指したい。
そう思い、これまで周りの方々に
いただいてきた恩を
これから出逢う方にも
幸せの橋渡しが出来ましたら幸いです。
長くなりましたが
ここまで読んでいただきまして、
本当にありがとうございます!